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ふくしと音 ~音のない世界からの便り~

「声に色をつけるなら、私は黄色」
『私は白!だって聞こえないから声も出ないし色もつかないよ』
「白はちゃんと見えるよ、だから声も聞こえるよ」

これは25年前、私と友人とのひとこま。
彼女は先天性難聴を患っており、音を知らない。

一方、当時10歳だった私はそもそも音が聞こえないとはどんな世界なのかと
彼女にとても興味を持った。
どうやって言葉を覚えたの?誰かを呼びたい時どうするの?・・・
今思えば、多少無礼もあったかと心の隅が疼くけれど、幸いなことに彼女は
私を友達だと言ってくれた。

「お母さんの喉に手をあてて、伝わる振動と口の動きで言葉を覚えるよ、お母さんを呼ぶときはトントン叩いて、怒りたい時はグーでドンドン強く叩く!」
彼女は、手話とジェスチャーを交えいつも笑顔、笑顔だった。
豊かな表情と身振り手振りの力強さ、そして時々漏れるかすかな声、
彼女の声を拾うたびに私は聞こえている事をなんとか伝えたかったが伝えきれず、
ずっともどかしさを抱えていたが、ある日、音に色をつける遊びを始めた。
とにかく、彼女の事を知りたい、感性に触れたいその一心だったように思う。

私が一方的に「歩く音は青!」と適当に決めると彼女は「えっ!緑じゃない?」と答える…
完全に二人きりのひょっとすると大人には意味不明な特別な世界。
その後、その遊びは二人のブームとなり、
軽やかな足音、自転車のベル、すきま風…思いつくもの手当たり次第に色をつけていった。
何もかもがただ楽しかった私たちは平和で、週に一度、彼女と会える手話サークルはいつも全力で自転車を飛ばしていた気がする。

彼女が持つ先天性難聴とは、生まれつき両耳に難聴があり、その割合は新生児の1000人に1人。 全く聞こえない人もあれば、少し聞こえる人もありその層は幅広く
彼女を含め当事者たちは、外見からの判断が非常に難しく他者からの理解が得られにくい環境下にある事も多い為、中には外部との接点に不安や抵抗を強く抱き本来持つ可能性を
発揮する場を狭めてしまった人も少なからず居たように感じる。

当時、私に出来たことは何だったのだろう…
そしてこれから、私に出来ることは何だろう…
有難いことに、十数年の時を経て再び福祉事業に身を置いている今、
現代の福祉サービスや制度もまだ課題は山積とはいえ、当時を思えば驚くほど充実している。
時代の変化と共に進化し、固定観念に囚われず他人事ではなくより身近に接点を持ちながら誰かの為に一生懸命になれる自分でありたい。

苦悩も喜びも、当時は幼心にまっすぐ見つめ受け止める以外に術はなかったが、
今振り返ると彼女たちは人知れず葛藤を続けながら平和を求めていたのだろうか。

これから僅かな私の出会いや経験、そして想いを少しずつ綴って行こうと思う。

職業支援員まいちゃん
就労継続支援事業所4カ月の職業支援員まいちゃんが福祉の現場を通してみる”障害”をつづります。